今回の民法改正では、不動産賃貸借の場面において、より賃借人の権利を強化する方向の改正が目白押しとなっています。
ここでは、賃借人の権限強化の規定について見てみましょう。
不動産オーナーにとっては、これらをしっかりと認識しておかないと賢い賃借人からあれやこれやと請求される可能性があるので注意が必要です。
特に、賃借人の修繕権や賃料減額ルールについては、契約当初において将来想定される事象を詳細に取り決めておき後のトラブルを回避する手当が必要になると考えます。
賃借人の権利強化メニュー
まずは、今回の民法改正で賃借人の権利強化されたメニューを見てみましょう。
・賃借人の妨害排除請求権の新設
・賃借人の修繕権の新設
・目的物の一部滅失の場合の賃料の当然減額
賃貸借の期限が最長50年に
従来、民法で定められていた賃貸借の最長期限は20年でしたが、今回の民法改正で、50年に伸長されました。
これにより、太陽光発電の設置用地や駐車場、建設資材置き場の敷地などについては、最長で50年の契約が可能となり、契約期間の自由度が高まりました。
一方、建物所有目的の土地賃貸借、建物の賃貸借については、従前どおり借地借家法が適用されるので、今回の民法では影響ないというポイントも押さえておきましょう。
改正後は、整理すると次のようになります。
※別途、借地借家法で定期借地権、定期借家の規定により種々の定期の土地賃貸借、建物賃貸借契約を設定することが可能ですが、ここではシンプルに民法の賃貸借と借地借家法のいわゆる「普通借地」「普通借家」と比較しています。
賃借人の妨害排除請求権の新設
不法占拠者に対する賃借人の妨害排除請求権と返還請求権が条文上、明確に認められました。従来の判例理論の条文化です。
条文そのままなので、新条文を掲げておきます。
不動産の賃借人は、第六百五条の二第一項に規定する対抗要件を備えた場合において、次の各号に掲げるときは、それぞれ当該各号に定める請求をすることができる。
一 その不動産の占有を第三者が妨害しているとき その第三者に対する妨害の停止の請求
二 その不動産を第三者が占有しているとき その第三者に対する返還の請求
ポイントとしては、
・妨害停止請求と直接返還請求のどちらも認められること。
賃借人の修繕権の新設
そもそも民法では賃借物件の修繕義務はオーナーである賃貸人にあるという大原則があります。
しかし、修繕が必要であるにもかかわらず、この義務を守ってくれない賃貸人がいた場合、勝手に修繕してしまうとオーナーから無断で改造したなど契約違反を主張され契約を解除されてしまうリスクがありました。
これはあまりにも不合理だということで、賃借人の修繕権の条文が新設されました。
賃借物の修繕が必要である場合において、次に掲げるときは、賃借人は、その修繕をすることができる。
一 賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、又は賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず、賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき。
二 急迫の事情があるとき。
条文をよく見ると、急迫した事業がある以外は、勝手に修繕ができるというものでなく、事前にオーナーに通知を行い、それを行ってもらえない場合に初めて、賃借人自ら修繕できるということに注意が必要です。
賃借人が修繕することができる2つのケースを整理すると次のようになります。
ステップ1:賃借人から賃貸人に通知
ステップ2:賃貸人が相当期間修繕しない
ステップ3:賃借人自ら修繕可能
通知することなく修繕可能。
何も通知せずに「壊れたから直しておいたよ。ハイ費用はこちら」とはいかないのです。
以上の規定が新設されましたが、まだトラブルになる余地はあります。
賃借人は修繕の必要があると主張しているが、賃貸人はその必要がないと考えるケースを考えてみましょう。
例えば、要求ばかりしてくる賃借人が修繕の必要が全くないものを「老朽化したから修繕して」と主張された場合、やはり賃貸人は修繕したくないと考えた場合でも賃貸人は修繕しなければならないようにも読めます。
これは取り決めがない場合、実際に今後トラブルになる要素となり得ると考えます。
以上のようなトラブルを避けるため、契約書で修繕義務、修繕を請求する権利を細かく設定しておく手当が必要となると考えます。
なお、この賃借人の修繕権に関する規定は任意規定であるため、賃貸人・賃借人が協議して特約を結べば、その特約が優先します。
目的物の一部滅失の場合の賃料の当然減額
従前の民法では、賃借物の一部が賃借人の責によらないで滅失してしまった場合においては、「賃料の減額請求ができる」という規定になっていました。
これを改正民法では「減額される」と改め、当然減額ルールに変更しました。
賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される。
2 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。
以上のように「当然減額される」という考え方に変わったものの、ではどの程度減額されるのか?については一切触れられていません。
減額すべき賃料のレベル感の違いが、一部滅失のトラブル後に顕在化されることが想定されます。
例えば、夏場にエアコンが故障したケースを考えてみましょう。
賃借人側は、「エアコンが壊れたので、とても住めない日が1週間続いたので7日分の家賃を減額するのが当然」と考え、賃貸人側は「いやいや、苦痛だったのは理解できるが、7日間の家賃をフルで減額は行き過ぎでしょ」と対立した場合はどうなってしまうでしょうか?
何も、取り決めがなければ、争いになるのが確実です。
以上のような無用のトラブルを避けるために、契約締結前にケースに応じた賃料減額割合を特約で認識しあっておくという対応が必要となります。
この条文を細かく見ると、宅建試験などで狙われそうなもう一つのトラップがあります。
契約解除については、賃借人の帰責事由を問わない!ということです。
これは、今回の民法改正において、契約解除がそもそも債務者の帰責性を問わないという抜本的改正と平仄を合したものです。
(契約解除については、別途学習しましょう。)
なお、賃借物の全部が滅失した場合は、当然、賃貸借は終了することも明確化されました(改正民法616条の2)。
以上により、賃借人の修繕権や賃料の減額については、賃貸人と賃借人で考えるレベル感の違いが生じ得ます。
そしてこのレベル感の違いは、トラブルが生じた後に顕在化すると厄介です。
やはり、事態が発生した場合における処理方法を契約書の中にて契約締結前に盛り込んでおくことが重要であると考えます。