コロナショックの影響で、不動産の借主(テナント)側が、店舗の休業による減収やリストラなどにより住宅賃料の支払いが厳しくなっている状況になっています。
不動産賃貸業つまり貸主(オーナー)側にとっては、このコロナショックの影響は、借主(テナント)側が一義的に影響を受けるものであり、賃料収入が得られると安泰というビジネスモデルなので、影響は間接的というのが本来的な賃貸借関係かと思います。
ただ、このコロナショックは長期化が予想され、今後、テナント賃料の不払いやテナント側の破綻により賃料収入が得られないというオーナー・テナント双方にとって破滅的な結果になるものはどうしても避けるべきです。
ここ数日の議論を見ていると、「オーナーは賃料減免をして当然だ!」という極論が影響力のあるタレントなどが喧伝しておりますが、これは間違っています。
そもそも、不動産賃貸借は、継続的な信頼関係をベースとするものであり、本来的には不動産の所有リスクをオーナーが負担し、テナント側は不動産の利用価値を賃料と言う形で支払うというリスク分担する仕組みであると言えます。
ここでは、原点に戻って、不動産賃貸借の場合における賃料不払いの取扱い、賃料減免の可能性について教科書的に見てみることにしましょう。
そもそも賃料の不払いをした場合は?
上述の通り、不動産賃貸借は賃貸人と賃借人の継続的な信頼関係を前提とするものでありますから、この信頼関係が壊さないように賃借人側も契約の内容を履行する義務があります。
賃借人の義務の最も大きいものとしては、賃料の支払い義務であり、これを行わない場合、債務不履行にて契約解除となるリスクがあります。
それでは賃料支払いを1回でも遅延すると賃貸人に解除権が発生するのでしょうか?
判例では、1か月程度の賃料不払いでは信頼関係を破壊したと言えないとしたものがあります。
最高裁判所判例集:事件番号 昭和51(オ)633
【概要】 賃借人が賃料の支払を一か月分でも怠つたときは建物賃貸借契約は当然解除となる旨の訴訟上の和解条項に基づく契約の当然解除が認められないとされた事例
賃借人が賃料の支払を1か月分でも怠ったときは建物賃貸借契約は当然解除となる旨の訴訟上の和解条項に基づき、賃貸人が賃借人の賃料1か月分の賃料延滞により契約解除を求めた事案において、延滞事情の考慮等から信頼関係が賃貸借契約の当然解除を相当とする程度にまで破壊されたといえないとして、その請求を棄却した事例
更に、古い判例ですが、次のように3か月以上の滞納家賃の場合は、無催告解除も可能との特約が有効との判例もあります。
最高裁判所判例集:事件番号 昭和36(オ)167
【概要】 借家法第六条の特約に当らないとされた事例
滞納家賃が三箇月分以上に達したときは、賃貸人は賃借人に対し、催告等の手続を経ることなく、直ちに賃貸借契約を解除することができる旨の特約は、借家法第六条の特約には当らない。
このようにして見ると、次のような結論が見えてきます。
ということで、テナント側はいくら苦しいと言ってもオーナー側に何も相談せずに、勝手に賃料の支払いをストップさせると無催告解除、つまり立ち退きというリスクがあるので十分に注意すべきです。
では賃料減額はできるのか?
賃料減額については、現在の賃貸借契約が普通借家か定期借家によって扱いが変わってくるので注意が必要です。
まずは、シンプルに普通借家の場合を見ていきましょう。
定期借家で、かつ、賃料増減請求権が特約で排除されている場合は、やや処理が異なるので、ここでは多くの賃貸借で見られる普通賃貸借について見ていきたいと思います。
借地借家法32条に賃料増減請求権の規定があります。少し眠たい規定ですが、全文を掲げてみます。
建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。
借賃とありますが、賃料、家賃と考えてください。
更に、民法には事情変更の法理と言う考え方があります。
これは、契約当時双方が予見不可能な事態が発生した場合で、双方に責任がない場合に適用される法理であり、今回のコロナショックは正に事情変更と言えると考えます。
特に、店舗系の不動産においては、コロナショックの休業は賃料の支払いに直結するため、この事情変更が正に該当するケースが多いものと考えます。
一方で、事務所系や住居系の不動産については、売上や収入のロスと賃料の関係性を立証するのは難しいかもしれません。
上述の通り、賃貸借関係は長期的な信頼関係をベースとするものであり、まずは、オーナー、テナント双方が誠意を持って協議するということを借地借家法も念頭に置いています。
ということですが、テナント側が借地借家法32条を奇禍として、勝手に賃料を引き下げをすると債務不履行になるので注意が必要です。
協議が整わなかった場合は、いざ裁判で決着するというのが借地借家法32条3項です。
(2項は増額なので今回は無視します)
建物の借賃の減額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、減額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃の支払を請求することができる。
ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払を受けた額が正当とされた建物の借賃の額を超えるときは、その超過額に年一割の割合による受領の時からの利息を付してこれを返還しなければならない。
ここで注意が必要なのは、相当と認める額を請求できるのは請求を受けた者、つまりオーナー側であることです。
これを逆読みすると、テナント側が勝手に相当と認める(減額された)賃料を支払うことができるとは一言も書かれていないので注意が必要です。
そして、賃料減額の話し合いが折り合わなかった場合は、裁判所にて争うことになります。
以上のように見ると、テナント側は苦しくとも、まずは誠意を持ってオーナー側に賃料減額の要請を行い、その合理的な根拠を示す必要があると考えます。
繰り返しますが、この減額要請無し、根拠の提示無しの一方的な賃料減額は債務不履行となるリスクがあるので注意が必要です。